函館市
戦争被害の状況
攻撃を受けた青函連絡船10隻が沈没
1945年(昭和20年)7月14日・15日、本州と北海道を結ぶ交通の要衝であった函館市は、アメリカ軍の攻撃により、函館港内や津軽海峡などの各所で運行していた青函連絡船12隻の旅客・乗組員合わせて、死者・行方不明者425名・負傷者72名の被害を出し、輸送網は壊滅的な被害を受けました。
函館市内各所も攻撃を受け、爆弾の投下などにより、現在の弥生町周辺では火災が発生し、約400戸の住宅が罹災、79名が亡くなりました。
これらの戦災によって被害を受けた市民は、戦後も苦しい生活を余儀なくされることとなりました。